長崎街道 内野宿
往路 乗車してきた列車
筑前内野駅構内の桜 帰路 桂川行きの到着
JR鹿児島本線・原田駅で筑豊本線に乗り換える。キハ40に乗車して 約20分で筑前内野駅に着く。使用されていないホーム側の桜が満開だった。
筑前内野駅舎 古民家 桜の咲く道
ログハウス風の小さな駅舎から南東に進む。すぐ右手に往時を偲ばせる古民家がある。イラストマップには“内野葛”と表記があるが、案内板の文字は読み取れず詳細は解らない。筑前内野の名品として有名だった内野葛は、幕府献上御用でもあった。
すぐに長崎街道と交差する。直進するとすぐに200号線の内野交差点がある。右折して長崎街道を南に進と、すぐに右手に内野下町標識と内野宿案内マップがある。この辺りが内野宿東溝口(かまえぐち)跡になる。内野宿の出入口に当たるところであるが、遺構は残っていない。構口は宿場の門にあたるところ。構口は方位に関わらず、上り方面を東 / 下り方面を西 としていた。
筑前内野宿マンホール

内野宿は長崎街道・筑前六宿(ちくぜんむしゅく)の4番目の宿場で、慶長17年(1612年)黒田長政の家臣・毛利但馬が開設した。東構口から西構口まで約600mに家並みが続いていた。宿場のほぼ中央にあるT字路を西に進む道は“大宰府天満宮米山越道”で、庄屋・山内家屋敷 / 本陣 を通って太宰府へ続いていた。内野宿には、本陣:1 / 脇本陣:1 / 宿籠:8 があった。

宿場に往時の面影が残る建物は少なく、ほとんどが明治時代以降の建物である。空地や家屋の前に、この形式の標識がある。
旅籠・若松屋跡
左手に明暦2年(1656年)創建の正円寺がある。
正円寺山門 正円寺本堂
大宰府天満宮米山越道 道標 恵比須像 / 道標 恵比須像
T字路手前に人馬継所跡標識がある。T字路の北西側に嘉永2年(1849年)造立の「大宰府天満宮米山越道」道標 / 嘉永6年(1853年)再建の恵比須像 がある。
筑豊本線で遮断 迂回路 筑前内野駅方向
T字路を西に進むとすぐに内野小路の標識があり、筑豊本線で遮断される。右折して坂を下り踏切を渡る。左折して坂を登り、反対側に迂回する。
町並み 庄屋・山内家屋敷跡 町並み
右手に庄屋・山内家屋敷跡 や本陣跡があり、太宰府へと道は続く。
大宰府天満宮米山越道
T字路まで戻り南に進む。旅籠・肥前屋があったところに内野宿展示館 / 隣接して両替商・小倉屋 がある。内野宿の紹介によく出てくる建物であるが、明治13年(1880年)築と往時のものではない。
内野宿展示館 両替商・小倉屋
老松神社境内の桜 老松神社 須賀神社

西構口跡を過ぎると、右手に老松(おいまつ)神社 がある。宝治2年(1248年)小宮山に創建したのが始まり。天正元年(1573年)現在地に移転した。境内に、須賀神社 / 天満宮 / 小さな祠の大神宮 がある。

天満宮 大神宮
内野宿大門跡 を過ぎると田園風景が広がる道を進み、200号線に合流する。長崎街道は最大の難所である冷水(ひやみず)峠越えになる。
街道寸景 200号線に合流