播但線
C57 93
播但(ばんたん)線は、姫路駅から和田山駅に至る鉄道路線。明治27年(1894年)播但鉄道により姫路駅〜寺前駅が開業した。姫路駅〜新井駅は播但鉄道 / 新井駅〜和田山駅は播但鉄道を買収した山陽鉄道 により開業、全通した。昭和47年(1972年)蒸気機関車全廃まで、C57と区間運転のC11が旧型客車を牽引していた。気動車も運行されていた。昭和44年(1969年)または昭和45年(1970年)夏の撮影。
C57 11

乗車した列車の牽引は、C57 11で異彩を放っていた。鷹取式集煙装置と重油タンク / 門鉄デフ の出で立ちであった。

C57 34
播但線は貨物扱いがあったが、線路の規格が低いため貨物用のD51などの入線ができなかった。旅客機であるC57が牽引、偶然にC57 34牽引の貨物列車とすれ違う。C57 11 / 34 / 93 とも豊岡機関区の配置であった。気動車前面の窓越しの画像は、窓ガラスのためか画質がすこぶる悪い。
C11 278 角形ドーム機
C11は、昭和7年(1932年)〜昭和22年(1947年)までの16年間に381両が製造された。4次型(247〜381)は戦時設計になっており、除煙板は木製 / 砂箱と蒸気ドームの被いは角形(かまぼこ形) で登場した。装備改造で3次形までと同様になったが、砂箱と蒸気ドーム被いは原形のまま残ったものがあった。昭和44年(1969年)と昭和45年(1970年)の姫路機関区には、C11が11両配置されていた。
C11 363
C11 222
姫路駅に到着した旧型客車オハ35形をバック運転で回送するC11 222
C58
C58は、昭和13年(1938年)〜昭和22年(1947年)までに431両が製造されたローカル線用の客貨兼用蒸気機関車。C58は、昭和44年(1969年)に3両配置されていたが、昭和45年(1970年)には0となっている。右手奥に機関庫が見える。気動車前面の窓越しの画像は、窓ガラスのためか画質がすこぶる悪い。
キハ20系
キハ20系気動車とすれ違う。キハ20系は昭和32年(1957年)〜昭和41年(1966年)までに系列も含め1126両が製造され、日本各地で運用された。気動車前面の窓越しの画像は、窓ガラスのためか画質がすこぶる悪い。
機関庫 / 転車前のC11 363
機関庫
機関庫内のC11 252 / 179
機関庫内のEF58 55
鉄道ピクトリアル「国鉄車両配置表」では、昭和44年(1969年)と昭和45年(1970年)とも大宮機関区配置。関東から、夜行寝台急行列車や貨物列車を牽引してきたものと思われる。鉄道ピクトリアル「国鉄車両配置表」は故中村由信氏が所蔵、奥様から譲られたもので6冊ある。
姫路機関区C57 93 / C11 311
姫路機関区C11 311