東海道53次 No.25 袋井駅-(約11km)-磐田駅
2009年 9月27日(日) 晴
高札場跡 秋葉山常夜燈と道標 道標
法多山別院 馬頭観音 寺澤家長屋門
袋井駅から北へ進む。15分ほどすると右手に袋井宿場公園が見えて来る。交差点を左折して、東海道を西へ進む。御幸橋手前左手の本町宿場公園に、高札場跡と秋葉山常夜燈がある。袋井宿の西の入口だった御幸橋を渡ると、左手に斜めになった道標がある。車に衝突された様である。すぐ右手に大正4年(1915年)創建の法多山別院がある。境内左手の祠に、馬頭観音が2基納められている。反対側には浮世絵が描かれた袋井宿案内板、5分ほどすると左手に澤野医院記念館がある。さらに5分ほどすると、右手に寺澤家長屋門がある。
津島神社 木原一里塚 許禰神社
木原畷古戦場碑 須賀神社 全海寺
すぐ右手に津島神社、狂歌入東海道案内板がある。15分ほどで蔦屋版東海道案内板があり、413号線に合流する。松橋交差点から細道を右に入ると、左手に木原一里塚がある。5分ほどで右手に大宝2年(702年)創建の許禰(こね)神社(木原権現社)がある。一帯は木原畷古戦場跡で、境内に木原畷古戦場碑がある。元亀3年(1572年)徳川家康と武田信玄による三方ヶ原の戦いの前哨戦が行われたところである。5分ほどで左手に木原案内板があり、413号線にふたたび合流する。15分ほどすると左手に須賀神社がある。5分ほどで右手に天文11年(1543年)創建の全海寺がある。遠州一姫29福地蔵3番札所になっている。
太田川に架かるに三ヶ野(みかの)橋を渡る。道なりに進むと南へ方向が変わり、直ぐに右折して西へ進む。三ヶ野松並木案内板や道標がある。
三ヶ野松並木
江戸の古道道標  江戸の古道道標 明治の道道標
“大正の道”と“明治の道”の分岐があり、“明治の道”を進む。さらに左手に“江戸の道”道標があり左折する。“江戸の道”を登りきったところに、三ヶ野坂の七つ道案内板と道標がある。右折すると三ヶ野公会堂で“明治の道”と合流する。“明治の道”道標や弘化4年(1847年)造立の薬師堂道標道標などがある。
薬師堂道標
遠州鈴ヶ森  三本松御旅所 秋葉山常夜燈 

磐田原の松並木を過ぎると1号線に合流する。すぐ右手の丘に遠州鈴ヶ森がある。東海道は右方向へ進む。小さな川に架かる三本松橋(なみだ橋)は、処刑者を見送ったところである。左手に三本松御旅所(おたびしょ)がある。神社の祭礼のとき、神輿巡幸中に休憩または宿泊させる場所である。20分ほどで左手に大正4年(1915年)造立の秋葉山常夜燈がある。

愛宕神社 阿多古山一里塚 阿多古山一里塚三角点
見付宿東木戸跡 見付天神社  見附宿名物の粟餅

秋葉山常夜燈から5分ほどで、右手に元天神道の案内板がある。東海道から見付天神に通じる小道である。東坂を下り、左手の階段を登ると愛宕神社がある。階段の途中の右手に石仏群がある。社殿の奥に阿多古山一里塚があるが、珍しく三角点がある。東海道に戻ると、右手には見付宿東木戸跡がある。見付天神参道から“あと押し坂”という急な坂を登る。昨日2009年9月26日(土)と本日27日(日)は見付天神裸祭りであるが、裸祭りは昨日の夜に終わっている。見附宿名物の粟餅は知られている。

宣光寺 常夜燈 大見寺

中川橋手前の右手に宣光寺がある。遠州33観音霊場17番札所になっている。すぐに右手に常夜燈、右手に大見寺と続く。大見寺には鳥人・浮田幸吉の墓がある。江戸時代に備前国に生まれ、空を飛ぶことに挑戦する。世を騒がせた罪で岡山を追われ、駿府でも飛翔に挑戦して所払いになり晩年は見附で過ごしている。

淡海国玉神社  
旧見付学校 旧見付宿脇本陣大三河屋門 
玄妙寺 慈恩寺 西光寺

15分ほどすると右手に明治8年(1873年)に建てられた木造洋風の旧見付学校、右奥には遠江国総社であった淡海国玉神社がある。30分ほどで右手に、移築された旧見付宿脇本陣大三河屋門がある。すぐ右手に元中2年(1385年)創建の玄妙寺 / 奥に応永年間(1394年〜1428年)創建の慈恩寺 がある。慈恩寺は遠江49薬師霊場49番札所になっている。西坂町交差点を左折して44号線を南へ進む。直進すると姫街道(遠州見附〜三州御油)になる。浜名湖の今切れの渡しを船で渡るのを嫌った女性が多く利用したために、この名があると云われている。すぐ右手に文永2年(1265年)創建の西光寺がある。遠江49薬師霊場48番札所になっている。

遠江国分寺跡石柱 37 延命院国分寺 手洗石
山車 遠江国分寺跡 遠江国分寺跡七重塔跡
西光寺から15分ほどの右手に、延命院国分寺がある。遠江49薬師霊場1番札所になっている。2009年9月27日(日)に訪れたときは、境内に山車があり賑やかだった。延命院国分寺入口に遠江国分寺跡石柱がある。延命院国分寺本堂手前右手にある手洗石は、往時の国分寺礎石をくり抜いて造られたもの。遠江国分寺は奈良時代後期(750年代)に創建されたが、平安時代初期の弘仁10年(819年)に焼失した。隣接する磐田南高校の北側に、国分尼寺があった。
府八幡宮楼門 府八幡宮中門 府八幡宮拝殿
通りを挟んだ反対側に、天平年間(729年〜748年)創建と云われる府八幡宮がある。楼門は寛永12年(1635年)頃建立 / 中門は寛永12年(1635年)建立 / 本殿は元和3年(1617年)に再建 されたもの。本殿左手奥に、東照宮がある。
東照宮
旧東海道は、府八幡宮から15分ほど交差点を右折する。直進するとすぐの突き当りにJR東海道本線・磐田駅がある。