中村由信氏撮影の蒸気機関車 D51
1872年に日本における鉄道が開業、列車は蒸気機関車による牽引でした。蒸気機関車は1975年に定期営業運転を終えるまで、100年以上に渡り活躍しました。
D51(デコイチ)蒸気機関車は、1,115両と1形式として最も多く製造された蒸気機関車です。主に貨物用ですが、旅客列車にも使用されていました。日本全国で見ることができましたが、台湾や樺太でも活躍しました。欠番があるため、最終のナンバーは1161号機となります。
初期に製造された1〜85・91〜100号機の95両は煙突・給水加熱器・砂箱・蒸気溜が1つのカバーで覆われ、その形状からナメクジと呼ばれました。22・23号機はカバーが運転台まで延びていたため、スーパーナメクジと呼ばれました。両機は後にナメクジに改装されています。
戦時中に製造された1001〜1161号機はデフ(除煙板)やテンダ(炭水車)上部に木材を使用したり、工作を簡略化するなどの戦時設計となっていました。戦後これらの車両は性能の標準化が行われました。
498号機がJR東日本で動態保存、1号機と200号機が京都梅小路機関区に静態保存されています。

全長1,9730mm/全高3,980mm
車輪配置1D1(ミカド)/動輪直径1,400mm
留萌本線 留萌〜三泊 1967年 D51
千歳線 島松駅 1971年 D51
根室本線 庶路〜大楽毛 1967年 D51
函館本線 塩谷〜小樽 1971年 D51
室蘭本線 白老〜社台 1967年 D51
青森機関区 D51
1968年電化前までは、
60両近くの蒸気機関車が所属する日本一の機関区。
東北本線 小?〜小鳥谷 1967年 D51三重連
奥羽本線 飯詰〜大曲 1971年 D51
奥羽本線 大釈迦〜鶴ヶ坂 1969年 D51
磐越西線 五十島〜東下篠 1969年 D51
関西本線 加太〜中在家信号所 1968年 D51
山陰本線 余部鉄橋 1969年 D51
伯備線 新見〜布原信号所 1969年 D51三重連
肥薩線 大畑〜矢岳 1968年 D51+補機(後ろ向き)
肥薩線 大畑〜矢岳 1967年 D51+D51補機