中山道69次 No.32 太田宿中山道会館-(約11km)-名鉄・羽場駅 |
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2012年10月26日(金)07:45 晴 |
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太田宿中山道会館 |
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西福寺 |
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虚空蔵堂 |
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深田神社 |
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寶積寺 |
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岩屋観音 |
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うとう峠 |
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赤坂神社 |
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中山道鵜沼宿町屋館 |
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空安寺 |
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津島神社 |
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羽場駅 |
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町並み |
高札場跡 |
郡上街道追分道標 |
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不明の石仏 |
西福寺 |
庚申堂 |
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太田宿中山道会館から西へ進む。5分ほどの右手に高札場跡 / 右手に明冶26年(1893年)造立の郡上街道追分道標「左 西亰伊勢 右 関上有知 道」がある。右折すると、右手に不明の石仏
/ 突き当りに西福寺がある。道標を左折して南へ進むと、すぐ右手に庚申堂と秋葉神社がある。 |
秋葉神社 |
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庚申堂からすぐの突当りを道なりに右へ進み、41号線のガード下を潜る。すぐ左手に道標がある。直進すると、すぐ右手の尾張藩太田代官所跡に太田小学校
/ 左手に妙見堂 と続く。尾張藩太田代官所は天明2年(1782年)に察知される。坪内逍遥の父・平右衛門はが勤めていた。 |
尾張藩太田代官所跡 |
妙見堂 |
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坪内逍遥ゆかりの地案内板 |
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木曽川の堤防 |
虚空蔵堂 |
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石塔石仏群 |
芳寿寺 |
深田神社 |
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中山道は道標を左折する。すぐ右手の太田宿出口にあたるところに虚空蔵(こくうぞう)堂がある。この辺りは承久3年(1221年)に起こった「承久の乱」のとき、木曽川を挟んで後鳥羽上皇の朝廷軍と鎌倉幕府軍が戦った古戦場。虚空蔵堂から右折し、坂を登り木曽川の堤防を進む。坂の途中右手に、坪内逍遥ゆかりの地案内板がある。すぐに車止めがあり、右へ下り深田ポンプ場角を右折する。すぐ左折して細い道を進むと、右手に石塔石仏群
/ 右手奥に芳寿寺 / .右手に深田神社 と続く。深田神社境台左手奥に“深田の石像庚申像”がある。 |
庚申塔 |
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坂祝神社石柱 |
取組一里塚跡
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寶積寺 |
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深田神社から西へ進むと、すぐに21号線と合流する。10分ほどすると、美濃加茂市から加茂郡坂祝(さかほぎ)町に入る。すぐ右手に坂祝神社石柱、20分ほどすると左手に取組一里塚跡がある。10分ほどすると左手に行幸公園があり、21号線に並行する木曽川堤防を進む。10分ほどすると21号線の右手に寶積寺がある。
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寶積寺から10分ほどすると、標高265mの城山山頂にある平成9年(1997年)築の猿啄(さるばみ)城二層櫓風展望台が見えてくる。応永年間(1394年〜1427年)西村豊前守善政によって築城される。尾張国と美濃国の境にあたり、木曽川が流れ中山道が通る重要な地点であった。嘉吉元年(1441年)西村豊前守善政が祖母の法要で猿啄城を留守にした時、田原左衛門尉頼吉が突然攻め入り城を略奪した。天文16年(1547年)多治見修理が城を略奪した。永禄8年(1565年)織田信長が美濃攻略を開始、丹羽長秀の先鋒である川尻鎮吉が猿啄城を攻略し落城。川尻鎮吉が猿啄城主となり、勝山城と改称したと云われている。天正2年(1575年)川尻鎮吉は岩村城に移り、廃城となる。 |
猿啄城二層櫓風展望台 |
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木曽川堤防を進むと、すぐ右手に社と庚申塔がある。5分ほどの勝山交差点手前から石段を降り21号線の北側を進むと、すぐ右手に勝山神明神社跡がある。 |
社 / 庚申塔 |
勝山神明神社跡 |
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不明の石塔 |
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巌屋坂からの眺望 |
不明の石塔 |
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地蔵 |
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巌屋坂之碑 / 不明の石塔 |
岩屋観音堂 |
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勝山神明神社跡から5分ほどすると、岩屋観音駐車場がある。この辺りに立場があり、赤飯を三角形に抜いた三角強飯が名物であったと云う。左奥に中山道の標識があり、右手にJR高山本線が通る狭い急坂の短い巌屋坂を登る。左手に不明の石塔、登り切ると右手に地蔵
/ 左手に不明の石塔2基 / 突き当りに巌屋坂之碑と不明の石塔2基 がある。巌屋坂からの眺望は素晴らしい。道なりに進むと、岩屋観音駐車場から5分ほどで岩屋観音堂に着く。
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岩屋観音堂から、急な折々りの石段を5分ほど下る。高山本線と21号線に挟まれた旧中山道を進む。すぐに21号線と合流する。10分ほどすると左手に店舗が並んでいる。廃業した“カフェテラスゆらぎ”前に、中山道標識がある。左手の道から階段を下り、右手の水路併用の暗いトンネルで21号線を潜る。
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高山本線と21号線に挟まれた旧中山道 |
トンネル |
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峠道 |
中山道道標 |
峠道 |
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小田原宿喜右衛門供養塔 |
うとう峠一里塚跡 |
ふれあい広場 |
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トンネルを抜けると、標高105mの“うとう峠”への登りが始まる。5分ほどすると、山火事注意の看板が架かる中山道道標と“まむし注意”の看板がある。さらに5分ほどの“遊びの広場”に休憩施設がある。ここから先の登りは、整備された味気ない石畳になる。すぐに平坦な土の道になるが“うとう峠”を示すものは見当たらない。整備された味気ない石畳を下ると、すぐ左手に小田原宿喜右衛門供養塔がある。この峠で小田原宿の喜右衛門が盗賊に襲われて殺害され、鵜沼の村役人によって造立されたもの。すぐ右手に“うとう峠一里塚跡”があり、ふれあい広場が見える。登り始めから峠の平坦な土の道まで約15分、さらに5分ほどでふれあい広場に着く。
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石塔群 |
赤坂神社 |
赤坂の地蔵 |
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常夜燈 |
見桃院石柱 |
道標 |
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ふれあい広場から左へ、車道を進む。すぐに合戸池があり、池の端で池沿いに右折する。さらに池の端で左折して坂を下る。すぐに分岐があり、左へ進む。5分ほどすると、右手に石塔群
/ 右手に江戸時代の絵図には一ノ宮と記載されている赤坂神社 と続く。石塔群は、文化6年(1806年)造立の題目塔(南無観世音菩薩)や大乗妙典六十六部供養塔などが並んでいる。赤坂神社からすぐに中山道標識があり、右折する。すぐ左手に赤坂の地蔵
/ 右手に宝暦6年(1756年)造立の常夜燈 / 右手に見桃院石柱 / 五差路交差点の手前左角に「ここは中山道鵜沼宿 これより うとう峠」道標
と続く。常夜燈のあるところから、赤坂神社の長い参道が延びる。
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中山道69次 52番 鵜沼(うぬま)宿
所在地:岐阜県各務原市天保14年(1843年)中山道宿村大概帳
人口:246人 家数:68 本陣:1 脇本陣:1 旅籠:25
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鵜沼は古代から交通・経済の要衝として栄えた。慶安4年(1651年)うとう峠を越える中山道になり、宿場になった。太田宿から木曾谷最後の山道「うとう峠」を越えて約9km、次の加納宿まで約17kmの距離にあった。江戸中期には、加納宿間の新加納に立場が設置された。明治24年(1891年)濃尾地震で壊滅的な大被害を受け、僅かに古い建物が残るだけになっている。 |
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常夜燈 |
傍示石 |
高札場 |
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問屋場跡の傍示石 |
道標 |
道標 |
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旧大垣城鉄門 |
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町並み |
中山道鵜沼宿町屋館 |
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五差路交差点を横断した右角に、常夜燈がある。すぐの鵜沼中山道交差点の手前左手に「是より東尾州領」傍示石 / 右手に高札場 がある。交差点を横断すると、左手の問屋場跡に「是より西尾州領」傍示石がある。すぐの大安寺川に架かる大安寺橋の手前左手に「太田町
二里八丁」道標、渡った右手に「岐阜 市へ四里十丁」道標 / 左手に旧大垣城鉄門 / 右手に中山道鵜沼宿町屋館 と続く。中山道鵜沼宿町屋館は、江戸時代旅籠・絹屋を修復して各務原市が民俗資料館として公開している。中庭を囲み母屋
/ 東側の付属屋 / 西側の離れの3棟からなり、町屋の特色をよく伝えている。中山道鵜沼宿町屋館中庭のベンチで昼食を摂る。
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本陣跡 |
酒蔵 |
題目塔 |
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芭蕉句碑群 |
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二ノ宮神社鳥居 |
町並み |
秋葉常夜燈 / 社 |
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中山道鵜沼宿町屋館から、すぐ右手に本陣跡 / 左手に菊川酒造の酒蔵 / 右手に題目塔(南妙法蓮華経) / 右手の脇本陣跡に芭蕉句碑群 / 二ノ宮神社鳥居
/ 左手に秋葉常夜燈と社 と続く。芭蕉は貞享2年(1685年)野ざらし紀行でこの地を訪れたとき、脇本陣坂井家に宿泊している。計3回宿泊、その都度句を吟じている。左から「はらなかやものにもつかす啼くひはり」「汲溜の水泡たつや蝉の声」「ふく志るも喰へは喰せよきく乃酒」「おくられつ送りつ果ハ木曽の秋」。 |
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常夜燈からすぐの伊木山通りとの交差点が宿場の西入口で、横断した左角に中山道道標と不明の石塔がある。 |
中山道道標 |
不明の石塔 |
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伊木山通りとの交差点からすぐ右手に社 / 右手に石塔群 と続く。社の右手に氏神と彫られた石塔 / 立派な灯篭や狛犬があり、由緒がありそうな社である。石塔群は、馬頭観音や元禄11年(1698年)造立の題目塔(南無観世音菩薩)など4基が並んでいる。 |
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社 |
石塔群 |
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八木山弘法堂 |
八木山弘法堂石塔石仏群 |
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石塔群からすぐ右手に、八木山弘法堂 / 右手に空安寺 と続く。八木山弘法堂境内左手に、数多くの石塔石仏群が並んでいる。10分ほどの交差点の北西側に、津島神社がある。 |
空安寺 |
津島神社 |
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交差点を左折して南へ進む。鵜沼羽場町4交差点で21号線と交差、JR高山本線を陸橋で越える。交差点から5分ほどのところに名鉄・羽場駅がある。
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