所沢寺社撮影散歩
西武池袋線/新宿線・所沢駅〜鎌倉街道・河原宿〜西武池袋線/新宿線・所沢駅
所沢駅 不動院 実蔵院 金山神社 新光寺 神明社 薬王寺 八雲神社 坂稲荷神社 所沢駅
善了寺 稲荷社 不動院
所沢駅西口より西へ、駅西口入口交差点を右折して337号線を北へ進む。最初にある交差点から2本目の道を左折して西へ進むと、右手に善了寺[浄土真宗本願寺派]がある。西へ進み突き当たりを左折、交差点を右折して学校新道を西へ進む。次を右折すると、すぐ左手に稲荷社 / 宝光山・不動院[天台寺門宗]がある。本尊は不動明王。学校新道を西へ進むと、すぐ右手に明治28年(1895年)創建の法華寺[単立]がある。本尊は鬼子母神。毎年土用の丑の日に、炮烙灸(ほうらくきゅう)が行われる。握りこぶし大の蓬を兜に据え、火を付けて祈祷する。
法華寺
善了寺:所沢市寿町20-4
不動院:所沢市元町14-15
法華寺:所沢市元町12-2
法華寺の先を右折して北へ進む。十字路を右折すると、左手に稲荷神社がある。学校新道まで戻り西へ進むと、交差点の北西側に稲荷神社がある。
稲荷神社 稲荷神社
稲荷神社:所沢市元町17
稲荷神社:所沢市元町10
実蔵院参道 実蔵院山門 実蔵院本堂
交差点を右折して、坂を下り北へ進む。左手に実蔵院の墓地がある。元町交差点を左折して、24号線を西へ進む。すぐ左手に正平7年(1352年)創建の野老山・実蔵院[真言宗豊山派]の参道がある。本尊は大日如来。武蔵野三十三観音9番札所 / 多摩新四国八十八ヶ所68番札所になっている。参道では“三八の市”が開かれていた。“3”と“8”が付く日(3日 / 8日 / 13日 / 18日 / 23日 / 28日)の月6回開かれ、“六斎市”と呼ばれた。以前は、植木市 / 野菜苗・土物種・さつま苗市 / うめ市 が開かれていた旨の案内看板があった。境内東側を鎌倉街道が通る。
山門前の十字路の南西側に寛政元年(1789年)造立の地蔵(百番供養)、山門手前左手に昭和5年(1930年)造立の六地蔵がある。
地蔵(百番供養) 六地蔵
稲荷神社 多摩新四国八十八ヶ所68番札所 宝篋印塔
聖観音 地蔵 六地蔵
山門を潜ると、右手に稲荷神社 / 昭和9年(1934年)造立の弘法大師・十一面観音(多摩新四国八十八ヶ所68番札所) / 寛政9年(1797年)造立の宝篋印塔がある。本堂前右手に昭和56年(1981年)造立の聖観音、本堂右手に宝暦5年(1755年)造立の地蔵 / 嘉永3年(1850年)造立の六地蔵がある。
実蔵院:所沢市元町20-15
実蔵院山門前を西へ進む。鎌倉街道と交差、直進すると右手に弘治3年(1557年)創建の金山神社がある。明治の神仏分離のとき、金山権現から改称される。金山の地名の由来になっている
金山神社
金山神社:所沢市金山町12
新光寺山門 新光寺八角円堂 新光寺護摩堂(旧本堂)
十字路まで戻り、左折して鎌倉街道を北へ進む。県道24号を越えて東川を渡ると、左手に建久4年(1193年)創建と云われている遊石山観音院・ 新光寺[真言宗豊山派]がある。本尊は聖観音。狭山三十三観音8番札所 / 武蔵野三十三観音10番札所 / 多摩新四国八十八ヶ所24番札所になっている。山門を潜ると、正面に八角円堂 / 右手に護摩堂(旧本堂)がある。
境内左手に福寿稲荷神社、八角円堂の前に聖観音がある。
福寿稲荷神社 聖観音
子育地蔵 観音 地蔵
境内左手の手前から、昭和47年(1972年)造立の子育地蔵 / 昭和59年(1984年)造立の観音 / 嘉永4年(1851年)造立の地蔵 がある。
多摩新四国八十八ヶ所24番札所 馬頭観音 正保3年造立の地蔵
福寿稲荷神社の左手に、昭和9年(1934年)造立の弘法大師・十一面観音(多摩新四国八十八ヶ所24番札所) / 享保20年(1735年)造立の馬頭観音 / 正保3年(1645年)造立の地蔵 / 明治6年(1873年)造立の地蔵が重なり合う様に並んでいる。山門前に鎌倉街道道標がある。
明治6年造立の地蔵 鎌倉街道道標
新光寺:所沢市宮本町1-7-3
新光寺山門から道は、東川沿いに東へ進路を変える。県道6号線と交差、左折して鎌倉街道をへ進む。463号線と交差する峰の坂交差点の手前左手に、丘がある。左側の階段を登ると、左手の祠に安政5年(1856年)造立の石祠 / 正面の祠に弘化5年(1848年)造立の石祠と天保7年(1826年)造立の石祠がある。
左手の祠 安政5年造立の石祠
正面の祠 弘化5年造立の石祠 天保7年造立の石祠
地蔵堂 寿和婦貴地蔵 首無地蔵
中央の石段を登ると、祠に造立年不明の寿和婦貴地蔵がある。首が無い寿和婦貴地蔵は咳に苦しむことがないことから、風邪や咳に苦しむ人にご利益があると云われている。左右に首無地蔵が多数置かれている。右側の階段を登ると、峰の坂共同墓地がある。

峰の坂は、鎌倉街道・河原宿の北に位置する坂。現在より勾配がきつく、峰の様に見えたことから名付けられたと云われている。

神明社鳥居(西側) 神明社鳥居(南側) 神明社鳥居(南側)初詣
峰の坂を下って戻ると、左手(東側)に弘治2年(1556年)創建と云われている神明社(しんめいしゃ)の鳥居がある。鎌倉街道に面した、以前は正面だった鳥居である。天照大神(あまてらすおおみかみ)を祀る伊勢神宮の分社が神明社や神明神社で、全国に約18,000社あると云われている。所沢市牛沼に享保9年(1724年)創建の神明神社、中富に宝歴11年(1761年)創建の神明社がある。神明神社は所澤神明社から分社したと云われている。初詣は自宅から徒歩15分の神明社に行くことが多い。普段は閑散としている参道には行列ができ、拝殿に到着するまで時間が掛かる。境内では元旦熊手市が行なわれる。明治2年(1869年)の神仏分離で、別当寺の花向院は廃寺となっている。
神明社拝殿
人形殿 蔵殿権現

蔵殿権現

招魂社 招魂社 神楽殿
南側の鳥居右手に人形殿があり。6月第1日曜日に人形供養祭が行われる。石段を登ると、右手に蔵殿権現の鳥居と社殿がある。以前は従殿権現と呼ばれ、神明社より古くからあったとも云われている。さらに石段を登ると、社殿手前右手に招魂社や神楽殿がある。
境内社 境内社 富士登山碑
社殿の左を進むと、境内社や富士登山碑がある。境内社は左から、戸隠神社 / 疱瘡神社 / 瘡守稲荷社 / 稲荷社 / 八雲神社 / 大国主神社 / 天神社がある。さらに左から水天宮 / 雷電社 / 琴平神社 / 五龍神社がある。
明治36年(1903年)にライト兄弟が世界最初の飛行に成功する。日本では明治44年(1911年)4月の所沢飛行場完成時に徳川好敏陸軍大尉が最初の飛行に成功する。以後昭和20年(1945年)の終戦に至るまで飛行教育・航空機研究等が行われことから、日本の航空発祥の地と呼ばれている。徳川好敏陸軍大尉が飛行の無事を祈願したことから、飛行機の神社として知られている。複葉機が描かれた絵馬がある。
絵馬
所沢神明社:所沢市宮本町1-2-4
神明社南側の鳥居から東へ進み、左折して琴平坂を登る。左手の閉館になった所沢文化会館の敷地内に、峰の坂上にあった文久3年(1863年)造立の道標がある。“左 飯能青梅道 中 入間川道 右 水子引又道 此方川越道”と彫られている。琴平坂をさらに登ると、右手の駐車場に天保12年(1841年)造立の道標を兼ねた百番観音が見えて来る。左側面に“左 川こゑ道 右 みつ子道”と彫られている。
峰の坂道標 百番観音
薬王寺旧山門 薬王寺新山門 薬王寺本堂
琴平坂を下る。東川手前を左折して東へ道なりに進むと、左手に室町時代(1336年〜1573年)初期創建の東光山自性院・薬王寺[曹洞宗]がある。本尊の薬師如来は“鼠薬師”として知られている。薬王寺新山門は2018年元旦に撮影。
薬王寺鐘楼
本堂左手の墓地側に、明治になって子孫が造立した新田義宗終焉之地碑がある。新田義貞の三男・義宗は、兄・義輿らと上野国で挙兵する。正平7年 / 文和元年(1352年)武蔵野合戦で足利尊氏ら北朝方の軍勢と戦って敗れる。その後には諸説がある。@越後に落ち延び、正平23年 / /応安元年(1368年)越後で挙兵したが上野国沼田荘で敗北、義宗は戦死する。沼田市・雲谷寺(うんこくじ)には、新田義宗の墓と云われている五輪塔がある。A義宗は武蔵国所沢の薬王寺に逃れる。再起を狙っていたが諦め、戦死した一族郎党の菩提を弔いながら応永20年(1423年)に亡くなる。歴代住職墓地に応永20年(1423年)造立の塔があり、新田義宗の墓と云われている。薬王寺を創建したとも云われている。
新田義宗終焉之地碑
聖観音 地蔵 庚申塔
山門から境内を進む。左手に昭和42年(1967年)造立の聖観音 / 享保元年(1716年)造立の地蔵 / 天明4年(1784年)造立の庚申塔、本堂の手前左手に天明6年(1786年)造立の不許葷酒入山門がある。右側面に“大乗妙典六十六部日本廻国供養塔” 左側面に“三界萬霊塔”と彫られている。日吉町の三角地から明和5年(1756年)造立の地蔵が移転されたが、第二次世界大戦で供出させられる。
不許葷酒入山門
造立年不明の地蔵 明治12年造立の馬頭観音 造立年不明の馬頭観音
本堂左手の墓地側に、明治30年(1897年)造立の新田義宗終焉之地碑 / 造立年不明の地蔵 / 明治12年(1879年)造立の馬頭観音 / 造立年不明の馬頭観音 / 天保5年(1834年)造立の地蔵 がある。
天保5年造立の地蔵
六地蔵 明治18年造立の地蔵 大日如来
不動明王 造立年不明の地蔵 天明8年造立の地蔵
本堂左手の本堂側に、明治4年(1877年)造立の六地蔵 / 明治18年(1855年)造立の地蔵 / 天保7年(1836年)造立の大日如来 / 天保5年(1834年)造立の不動明王 / 造立年不明の地蔵 / 天明8年(1788年)造立の地蔵 / 造立年不明の地蔵(三界万霊供養) がある。
造立年不明の地蔵(三界万霊供養)
薬王寺:所沢市有楽町8-18
有楽町八雲神社 天王様
薬王寺山門から東へ進み、十字路を左折する。坂を登ると、右手に宝暦年間(1751年〜1763年)創建の有楽町八雲神社がある。薬王寺の境内にあったが、明治の神仏分離のとき八雲神社になる。
毎年7月には所沢市各所で天王祭が行われる。牛頭天王(ごずてんのう)を祀る天王社と呼ばれ、祇園精舎の守護神と云われている。疫病を撒き散らす怖い神であるが、親切に迎え入れた農民に対しては万病に効く術を授けたと云われている。医療技術が乏しかった時代は、疫病を防ぐ強い力を持つ牛頭天王信仰が広まっていった。神道における素盞嗚尊と同一視され,、明治の神仏分離で牛頭天王は素盞嗚尊に変えさせられた。京都祇園の八坂神社は、牛頭天王を祀り精舎を建て祇園社と呼んだことに始まる。天禄元年(970年)に悪疫を鎮める祇園御霊会(祇園祭)が始まったと云われている。有楽町の天王様は7月の第三土日曜日に行われる。普段は閑散とした境内で、社殿の扉は閉められている。社殿に江戸期の作と云われる一対の獅子頭が社殿に、四神剣が境内に飾られる。境内には所沢市有形文化財の山車も姿を見せ、賑やかになる。東西南北を守る四神剣も飾られる。東西南北はそれぞれ青龍 / 白虎 / 朱雀 / 玄武で、彫刻して剣に付属させ祭りの行列に持ち歩く。祭りは八雲神社境内で民謡踊りや祭り囃子が行なわれ、町内を神輿が練り歩く。
有楽町八雲神社:所沢市有楽町16-13
八雲神社から坂を下り、十字路まで戻る。直進して24号線を左折すると、右手に寛政年間(1789年〜1800年)創建の坂稲荷神社がある。K字路のファルマン交差点を直進して、337号線を南へ進む。所沢駅西口入口交差点を左折すると所沢駅に至る。
坂稲荷神社
坂稲荷神社:所沢市御幸町1-22